1980年6月、シカゴに到着。
以前も書いたように、日本での高校の英語の成績は最低最悪だったが、英語が嫌いだったわけではない。
当時から偏差値と内申書オンリーの”教育”には一片の興味もなく、それを教えてやっているという教師の態度に我慢がならなかっただけだ。故にテストに名前だけ書いて出していたりしたのだから最低の成績も当たり前だろう。
しかし、その後の日本の教育は、生徒自身に考えさせたり、また彼らの将来を真剣に考える教育が行われてきたのか?
もしそうであれば、なぜこれほど不登校生徒が増え、様々な精神的な障害を訴える子供たちが増えているのか?
クラスによるが、2割から多い場合は半分近くの生徒たちが何らかの理由で落ちこぼれているという。
教育行政に関わってきた人々や政治家が真に子供たちのためにビジョンを持って仕事をしてこなかった証左だろう。
シカゴに着いて、郊外の小さな私立大学内に併設されていた英会話学校に3ヶ月だけ通った。
最初のクラス分け、1から10段階のクラス(1が高卒程度、8−9は日本の大学英文科を優秀な成績で終わり、アメリカの大学院入学が決まっている女子学生が多かった)分けされた。
わたしは、レベル2で、まあそんなもんだろう。驚いたのは九州の進学校の英語の先生たち三人が、わたしと同じレベル2のクラスなのだ。つまり、会話はまるっきりできない。彼らはアメリカ人英会話教師の細かな文法の間違いも指摘できるが、会話はまるっきり分からない。
「3日目のエピソード」
仲良くなった日本人の生徒同士で、マックへ行ってハンバーガーを食いたいと行こうとしたのだが、近くにマックがなく、バーガーキングがあり、バーガーキングに入った。
そこに、ビッグマックみたいな写真があり、よしあれを注文しようと、「ウォッパープリーズ」というが、黒人の太ったおばさんは「ハーーン?」と何度言っても全く通用しない。
(WHサウンドは日本語になく、しっかりと腹から出てこないと通じない。これなどは私の時事英語セミナーでもカバーする日本人特有の発音の弱点の一つ。)
しょうがなく、写真をみるとハム&チーズというのがあり、これなら大丈夫だろうと、これを注文するとこれは通じた。
しかし、問題はその後。すぐに
「フォーヒアツゥゴー」と聞かれるが、全く意味が分からない。
これは英語では For here or to go ? (店内か持ち帰りか?)を聞いているのだが、全く意味がわからないので、
「イエス」と答えた。相手はまた繰り返し聞く。
またこちらは「イエス」。
そのうち相手は怒って
「For here or to go !!」とどなり返してきて、こっちも負けずに
「イエース!!」と怒鳴り返す。
店内か、持ち帰りか、どちらかを言わなくてはならないのに、日本人はとにかく何か分からないと「イエス」といってしまうことが多いのだ。
漫画である。
私のアメリカのでの英語修行はこの後、数限りなく失敗と恥かきの連続が延々と続くがそれはまた後ほど。
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