国際森林デー

もっとも重要な提言でしょう。

おはようございます。

【今日の名言】安田喜憲(環境考古学者、国際日本文化研究センター名誉教授)

森は日本の自然の代名詞であり、日本の文化は森の文化であった。

これまで私たちは世界4大文明などを基準に歴史を学んできましたが、これはヨーロッパ人の価値観を前提とした史実です。彼らは畑作牧畜型の民族で、家畜を飼うために森を拓き、家畜が若芽を食べ尽くすため森は再生できず、森林を破壊された土地では川も海も死に、その文明を維持することが困難になります。

日本人や東南アジアの人々は、人も自然の一部として循環・共存するライフスタイルを守ってきました。川に水さえあれば、森さえあれば何万年でも持続的にこの地球で暮らすことができる稲作漁撈文明を構築したのです。

稲作漁撈民は魚を捕り、米を作る文化を持つため水を大切にして、川を守るために森を守ります。田んぼの水も自分が使った後は次の人が困らないよう、きれいなまま流さなくてはいけません。他者を思いやり、自己の欲望をコントロールする心がなければ稲作農業社会は維持できません。こうした利他の心、慈悲の心に立脚した叡智を現代に活かしていくことが必要だと考えています。

ギリシアとイースター島、この二つの事例には自然と人間とのある関係が見えてきます。すなわち、文明が育つ背景には豊かな自然があり、人間がそれを壊せば文明は崩壊するということです。

「森がなくなれば文明が崩壊する」「気候変動によって文明が変わる」という私の主張は、かつてはなかなか理解されませんでした。縄文時代や旧石器時代ならいざ知らず、現代のようにハイテクや英知があればそんなことは起こるわけがないというわけです。ところが、1990年代になると様々な地球環境問題が顕在化し、気候が変化すると生活が変わるということを人々が実感するようになってきました。

縄文時代以来、日本人は長い間、稲作と漁労を中心として暮らしてきました。これも森からつながる水の循環を破壊しては維持できない文明です。山に降った雨は森を育て、森から流れ出る水は田畑を潤し、飲み水を提供し、川となって海に流出する。海に流出した水は魚を育て、再び蒸発して雲をつくり雨となって、同じ循環を繰り返すのです。

ところが、こうした循環は、大きく変わってしまいました。 森に関して言えば、日本の山々では天然林を伐ってスギを植えてきました。それによって、たとえば東北地方では多くのブナの天然林が破壊されました。その上、経済的理由から必要な間伐もできない状態が続き、森は弱っています。

市場原理主義やグローバル化が叫ばれる現代で、日本だけ競争するなとは言えません。しかし自然に生かされているという意識を忘れてはいけません。私は自然や地球環境を守る上で、人智を超えた大いなる力、サムシング・グレートを感じる心が大切だと思います。生きとし生けるものすべてが、美しい大地で命を持続的に循環させることを喜ぶ利他の心、慈悲の心が必要なのです。

命の輝きにみんなが感銘しながら、お互いがお互いのことを考えながら生きていく。それが地球で生き残る方法です。

今こそ、日本人が森の民、稲作漁撈民であることをはっきりと自覚し、森の文明と米の文明にこだわり、その植物文明の原理を核として日本国家と日本民族の未来像を構築し、森の環境国家として生き残るしかない。

日本人が日本の森に無関心でいる間に、海外資本が日本の水源林を買い付けているという事実もあるのです。20世紀、貴重な資源はレアメタルなどでしたが、21世紀は水だ、というわけです。外国資本による土地買い占めは阻止すべきです。

※3月21日は国連が定める国際森林デーです。

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