故郷青森市の偉大な先輩、三浦雄一郎さん。
50代後半までは不摂生からメタボ状態。そこからエベレスト登頂を目指しトレーニングを開始。80歳を超えてもエベレスト登頂年齢記録に挑戦を続けた。
お父さんの三浦敬三さんと雄一郎さんの家族の八甲田山の定宿、酸ヶ湯温泉にはたくさん写真が貼ってあります。
相田 公弘
★命の炎を燃やす★
あれは76歳の時ですが
スキーのジャンプに失敗して
左の大腿骨付根がポックリ折れた
、右の骨盤も数か所砕けている
歩けるようになれば大成功だと
2か月半入院し
、最初の1週間は咳をするだけでも
大腿骨と骨盤に激痛が走り
はりを刺しても30分ほど
じっとしていなければ痛みが取れない
寝返りすら打てず
完全介護の状態でした
ただ、4、5日してから考えたんです
山の頂上付近で
雪上にテントを張って寝ている
お互い明日の命も分からないと
それに比べたら
この完全介護の病院生活は
天国のようなものじゃないかと
嬉しくなりましてね(笑)
もし何かあっても
ナースコールを押せばすぐ飛んできてくれる
おまけにベッドの上で読みたい本を読め
手は無事だから鉄アレイだって持てるじゃないかと
また
そういう心の持ち方が回復を早めるんでしょうね
自分一人でどうしようかと
心配ばかりしていても仕方ないですから
実際に70代で大腿骨を折れば
10人中3人は寝たきりになり
治ってもたいてい後遺症があるといいます
ところが僕の場合
主治医の先生が首を傾けてるんですよ
76歳なのに
外れた骨と骨が高校生並の早さで
くっつこうとしていると(笑)
もう一つは人間の思いといいますかね
これが治ればエベレストに登れるんだと
自分自身を鼓舞していったわけです
というのも
101歳まで現役スキーヤーを貫いた父親の敬三は
90歳から97歳までの間に3回骨折をしているんですよ
普通は90を越えてスキーで骨折したら
もうやめたとなりますよね
でも、本人はこれが治ればスキーができる
またモンブランで滑れるというその一心で治した
それも1回だけならまだしも
3回もね
100近くになって骨折してもまたできるんだと
人間は
そういう人を知ることが大きいと思います
年を取ると家族が皆
「そんなの無理だ」
「もう年だからよしなさい」と
止めに掛かる。
これをネガティブサポートと
言うそうですね
ヒマラヤでアラブの放送局が取材に来たんですが
いまや多くの国が高齢化社会になっていて
お年寄りに元気がない
病気をするなど
越えなければいけない人類共通の課題がある
しかし80歳でもこんなことができると
証明されたと
しかもそれは決して
超人が成し遂げたわけじゃない
ケガをした
病気をした
手術をした
しかも50代の後半
メタボになって500メートルの
小さな山も登れないほどの体力に落ち込んだ
不摂生が続き
高齢者にありがちな状態に陥っていたわけですが
そんな人間がこうして復活できたということ
そこに意味があったと思うんですよ
しかし
80歳でもこんなことができると証明されたと
人生の師というのは
至る所にいると思うのですが
僕にとっても最大の師は
やはり父親の敬三ですね
父はサインを求められると好んで
「探求一筋」と記していました
「諦める」という言葉を知らず
100歳を越えて入院した時も
痛いという言葉を一切吐かず
周囲の人に心から
ありがたいと感謝の気持を口にしていたんです
そしていつも僕に
「あんた、70?若いねぇ」と(笑)
自分でいくら年を取ったと思っていても
そんな父の言葉や生きざまに触れると
いつでもそこからスタートできるように思います
自分で夢をつくり
その夢を実現したい
目標を達成したいという思いを持つことが
人生を楽しくし
その寿を保たせる秘訣ではないでしょうか
そうやってこれからも
命の炎を燃やし
自分の人生を生き尽くしたいですね!
出典元:(月刊致知 2013年8月号)
